卵子凍結は、将来の妊娠への不安を減らす画期的な医療技術です。しかし、実際に受けることを考えると、どんな治療の流れで、どんな副作用があるか、気になる人も多いでしょう。卵子凍結の治療の流れや、副作用の可能性や内容について、くわしく解説します。
卵子凍結とは?
卵子凍結とは、卵巣 から 卵子 を採取(採卵)し、凍結保存することをいいます。卵子を凍結凍結された卵子は、状態を保ったまま、何十年も保存が可能です。将来、妊娠を望んだときに、凍結した卵子を融解することで、保存当時の若い卵子で妊娠ができます。
卵子凍結には、「医学的適応による卵子凍結」と「社会的適応による卵子凍結」があります。
医学的適応による卵子凍結
女性ががんや病気になった場合、放射線療法や化学療法などの治療によっては妊娠が難しくなるケースがあります。そのような場合に、治療を受ける前に、治療後の妊娠への希望をつなぐために行われるのが医学的適応による卵子凍結です。
医学的適応による卵子凍結は、卵子凍結時に43歳未満であり、化学療法や放射線療法などの治療を受ける人や、生殖器のがんや脳腫瘍など、病気の進行によって妊娠が難しくなることが予想される人などが対象となります。卵子凍結時や 顕微授精 を行うときに費用助成が受けられます。
引用元)日本がん治療学会 『小児,思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン』2017 年版 クリニカルクエスチョン・推奨一覧
社会的適応による卵子凍結
女性は妊娠・出産のタイムリミットがあり、35歳を超えるころから妊娠しにくく、妊娠できても 流産 しやすくなってしまうのです。これは、卵子の質の低下が大きな要因となります。
この加齢による卵子の質の低下や、将来の妊娠への不安を持つ人を対象に行われるのが、社会的適応による卵子凍結です。若いうちに卵子を凍結保存することで、加齢による卵子への影響を抑え、妊娠を望む時期まで卵子を保存できます。
日本生殖医学会が2013年に発表した「社会的適応による未受精卵子あるいは卵巣組織の凍結・保存のガイドライン」では、採卵時の年齢について40歳以上は推奨されていないため、39歳以下での卵子凍結が望ましいです。現状では保険適用ではないため全額自己負担となりますが、福利厚生として取り入れる企業が出てきています。
引用元)日本産婦人科医会 1.妊娠適齢年令
日本生殖医学会 社会的適応による未受精卵子あるいは卵巣組織の凍結・保存のガイドライン
卵子凍結の流れ
卵子凍結を希望する場合や相談したい場合は、卵子凍結を行っている医療機関を受診しましょう。医学的適応と社会的適応による卵子凍結、どちらか一方のみを取り扱っている医療機関も多いため、ホームページなどで確認しておくと安心です。
医学的適応による卵子凍結の場合は、病気の治療を受けている病院に相談し、卵子凍結を行う施設を紹介してもらうとよいでしょう。
医学的適応も社会的適応も、卵子凍結は一般的に下記の流れに沿って行われます。
- 適性検査
卵子凍結を行える状態かを確認するため、問診や内診、超音波検査、血液検査などが行われます。婦人科疾患やホルモンバランスの異常、なんらかの病気が見つかった場合には、治療を受けるために卵子凍結が行えない場合があります - 排卵誘発
1回の 採卵 で多くの卵子を採取できるよう、卵子 の成熟を促すホルモン治療が行われます。クロミフェン という飲み薬や、ゴナドトロピン製剤 を使った注射などがあり、その人の状態に合った 排卵誘発法 が選択されます。排卵誘発を行わずに、自然な 排卵 を待つ方法もあるので、不安な人は医師に相談しましょう。 - 採卵
成熟した 卵子 を採卵するため、超音波で確認しながら膣から卵巣に向けて細長い針を刺します。麻酔をして行うことが多いです。針には穴が開いており、卵巣内の卵胞(卵子の入った袋)から卵子を吸い出していきます。ただし、成熟した卵胞であっても、卵胞の中身がない空胞の場合もあるため、採卵が必ずできるわけではないことを知っておきましょう。 - 凍結保存
採卵された卵子を確認し、状態のよいものが凍結保存されます。卵子は非常にデリケートなので、細胞が壊れないように保護し、液体窒素で冷凍します。そして、妊娠を希望する日が訪れるまで超低温で保管されるのです。
引用元)日本がん・生殖医療学会 妊孕性温存方法
日本生殖医学会 Q9.排卵誘発薬にはどんな種類がありますか?
卵巣超音波画像における空胞自動識別のための特徴量解析
日本がん・生殖医療学会 ARTの現状
卵子凍結の副作用とは?
排卵誘発に使われる薬には、卵巣 を刺激する作用があり、卵巣が腫れることがあります。腫れた卵巣から エストロゲン (女性ホルモンのひとつ)が過剰に分泌されると、卵巣 の毛細血管から水分が漏れるようになり、お腹や胸に水が溜まることがあります。この状態が「卵巣過剰刺激症候群( OHSS )」です。
卵巣過剰刺激症候群が重症化すると、血管内の水分が少なくなってしまい、腎臓の機能が悪くなったり、血管の中で血が固まりやすくなったりします。これにより、腎不全(老廃物が体の外に出せなくなった状態)や血栓症(心筋梗塞、脳梗塞、肺塞栓など)といった命にかかわる病気につながるおそれがあります。卵巣過剰刺激症候群で入院が必要になるケースは0.8~1.5%程度ですが、誰にでも起こる可能性がある副作用です。
もし、排卵誘発剤を使用した後に「いつも着ている服のウエストがきつい」「お腹が痛い」「気持ちが悪い」「体重が急に増えてきた」「尿が少ない」など、いつもとなにか違うと感じる症状があれば、すぐに病院を受診しましょう。
採卵による副作用
採卵 は、膣から卵巣に向けて細長い針を刺す必要があり、卵巣から少量の出血がみられます。出血は自然に止まりますが、ごくまれに輸血が必要なほど多量になることがあります。また、卵巣の周りにある血管や膀胱、腸などが傷ついた場合には手術が必要になる場合も。針を刺した部分から細菌が入り込み、感染を起こすこともあります。
採卵後に「お腹が痛い」「性器出血が増える」「熱が出る」などの症状があれば、病院を受診しましょう。これらは非常にまれなことですが、このような副作用があることを知っておくことが大切です。
麻酔による副作用
採卵時の痛みは、鎮痛剤や局所麻酔、静脈麻酔を使うことで軽減できます。予測される採卵数や採卵にかかる時間によって、どの方法を選択するかが決められます。痛みを感じやすい人や不安な場合は医師に相談しましょう。鎮痛剤や麻酔薬の副作用として薬剤アレルギーがあり、じんましんや喘息のような症状が出る場合があります。
また、静脈麻酔の副作用として、吐き気や嘔吐のほか、呼吸抑制(呼吸する機能がうまく働かない状態)、血圧低下などがおこる場合があります。これらの副作用がおこるのは、ごくまれなケースです。
引用元)日本受精着床学会 Q14. ARTの副作用を教えてください。(米国生殖医学会説明記事より改変)
日本生殖医学会 Q12.体外受精とはどんな治療ですか?
国立国際医療研究センター病院 麻酔の副作用・合併症
厚生労働省 先進医療における不妊治療の対応について
副作用が後の妊娠に影響する?
卵子凍結では、妊娠を希望する時期まで期間が開くことになるでしょう。そのため、卵子凍結時の副作用が、数年後の妊娠に影響する可能性は低いと言えます。
卵子凍結を受ける際に注意すること
卵子凍結は、加齢による卵子の質の低下を防ぎます。しかし、将来の妊娠・出産を約束するものではありません。凍結した卵子を用いて妊娠できる確率(未受精凍結融解卵による移植あたりの妊娠率)は、約30%であり、出産率は約25%です。凍結した卵子のすべてが妊娠に結びつくわけではないのです。
また、妊娠希望時の年齢が高年齢であるほど、妊娠率や出産率は下がることになります。女性は40代を迎えるころには、ホルモンバランスの不調や婦人科疾患を発症しやすくなるため、20代と比べて妊娠しづらい状態となります。
さらに妊娠中は、出産するまで、からだへの負担が増していく状態です。年齢を重ねたからだに対して妊娠による負担が大きすぎると、さまざまな妊娠合併症を発症しやすくなるのです。
妊娠糖尿病(妊娠中にはじめて発症する糖尿病)や妊娠高血圧症候群(母体の高血圧によって母子ともに悪影響がおよぶ病気)、胎盤の位置異常、切迫早産、常位胎盤早期剝離(じょういたいばんそうきはくり:赤ちゃんが生まれる前に胎盤がはがれてしまった危険な状態)などの確率が上がり、帝王切開率も高くなります。
そのため、卵子凍結は高齢妊娠の問題をすべて解決できるわけではないことを理解しておきましょう。
引用元)2020年体外受精・胚移植等の臨床実施成績
高齢妊娠に伴う諸問題
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専門家より
どんな治療法にも副作用のリスクはあります。大切なのは、副作用のリスクがあることを知り、早めにその兆候に気づくことです。そして、初期の段階で受診し適切な治療を受ければ、影響を最小限に抑えることができるでしょう。
卵子凍結には、排卵誘発・採卵・麻酔による副作用のリスクがあります。それぞれの副作用や症状を知り、もしものときに適切な対応ができるようにしておきましょう。