【ポイント】
プロスタグランジン(PG) *1は、全身の臓器で産生される一連の生理活性脂質であり、発熱や疼痛などの病態作用を発揮する一方で、分娩などの生殖プロセスに関わることが知られていました。
子宮では、着床時に産生されるPGが、着床部位(IS)の肥大(脱落膜化)*2を起こすことが知られていましたが、その作用を伝達する受容体は不明でした。
今回、マウスを用いた実験により、着床時の子宮では、PGE2に加えPGD2が産生され、それぞれEP4受容体とDP受容体に作用し、脱落膜化の促進因子として働くことを発見しました。したがって、着床の際にDPまたはEP4受容体いずれかを活性化すれば、脱落膜化を誘導できることを示しました。
PGはヒトでも同様に働く可能性が高く、DP/EP4作動薬でPGの働きを強めれば、不妊の原因となる着床障害の改善に繋がることが期待されます。
【概要説明】
熊本大学大学院生命科学研究部 杉本幸彦教授、稲住知明助教らの研究グループは、東京大学大学院医学系研究科 廣田泰教授、藍川志津特任研究員、熊本大学生命資源研究・支援センター 竹尾透教授らとの共同研究により、着床刺激により子宮内膜で産生される生理活性脂質プロスタグランジン(PG)D2が、その受容体DPを介して脱落膜化を促進すること、本経路と並行してPGE2-EP4受容体経路も脱落膜化を促進すること、両経路を同時に遮断すると脱落膜化が障害されることを世界で初めて明らかにしました。本成果に基づき、DP受容体やEP4受容体の作動薬が、不妊治療、とくに子宮側の着床障害の改善に効果を発揮することが期待されます。
なお、本件研究成果は、米国科学誌「Journal of Lipid Research」に令和6年8月30日(金)付で公開されました。
【成果】
本研究は、胚が子宮に接着(着床)して脱落膜化が起こる分子機構に関する新たな学術的理解を与えるとともに、命を育むために複数のPG受容体が互いに機能を補完して着床プロセスを実現していることを解明したものです。
【展開】
PG受容体はヒト子宮においても同様に機能している可能性が高く、DPやEP4の受容体作動薬でPGの働きを強めれば、不妊治療で問題となる着床不全の予防・治療に繋がることが期待されます。
【用語解説】
※1 プロスタグランジン (Prostaglandin: PG)
PGD2とPGE2は、シクロオキシゲナーゼ(COX)の働きで産生される代表的な生理活性脂質(図5)であり、前者は睡眠誘導やアレルギー応答、後者は発熱や疼痛、炎症惹起など多彩な生理作用を発揮する。
※2 脱落膜化
子宮は、外側の筋層、内側の管腔上皮、その間を埋める間質で構成されている(図6)。胚が管腔上皮に接着し、着床が起こると、上皮が崩壊して胚を間質内へ取込むとともに、胚周囲の間質細胞が脱落膜細胞へ分化・増殖して胎盤の基礎を形成し、胚のベッドとして働く。 この現象は脱落膜化と呼ばれる。
【論文情報】
論文名:“Uterine prostaglandin DP receptor induced upon implantation contributes to decidualization together with EP4 receptor”
著者:Risa Sakamoto, Takuji Fujiwara, Yuko Kawano, Shizu Aikawa, Tomoaki Inazumi, On Nakayama, Yukiko Kawasaki-Shirata, Miho Hashimoto-Iwasaki, Toshiko Sugimoto, Soken Tsuchiya, Satohiro Nakao, Toru Takeo, Yasushi Hirota, Yukihiko Sugimoto
掲載誌:Journal of Lipid Research
URL:https://www.jlr.org/article/S0022-2275(24)00141-X/fulltext
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