日本受精着床学会の活動とプレコンセプションケアの重要性

日本受精着床学会は、受精及び着床に関する学術活動を推進して、生殖医療・生殖科学の発展に寄与し、人類の幸福に貢献することを目的とし、学術集会の開催各種の学術的調査及び研究、関連学術団体との連絡、提携、協賛及び後援等の事業を行う一般社団法人です。国内の生殖領域において権威のある学会のひとつです。

(参考 : http://www.jsfi.jp/about/aboutus.html

2023年7月に行われた第41回の開催テーマは「ART2023変わらぬ路(みち)と新たなる歩み-保険診療のステージへ-」と題し、これまでの経験を踏まえて、新たな研究や臨床を構築していくという理念の基に決定されました。2022年の不妊治療の保険適用後、患者・医療者の双方に様々な困惑があった中、時間の経過とともに診療も徐々に効率的になり、不妊治療に係る各クリニックの様々な工夫や今後の課題について、基礎研究や臨床等も踏まえて、各医療者が演題を発表いたしました。
(参考: http://jsfi41.umin.jp/greeting/index.html

  • プレコンセプションケアの意義と認知

「プレコンセプションケア」とは、「妊娠の計画の有無に関わらず早期に妊娠や出産に関する知識を持ち、自分とそのパートナーの健康意識を高めること」です。「プレコンセプションケアの意義」及び「生殖医療の質を上げることはできるのか」を問う本シンポジウムにおいて、我々はこの意義を「ケアをフックとした患者への妊孕性教育」及び、医療行動経済学において、「肘で軽くつつく」と表現される「ナッジ(Nudge)」を効かせること、更に我々のような不妊治療専門施設において、「ナッジを効かせることで、受診者に対する適切な妊孕性教育を行い、治療年齢の若年化を通じて、生殖補助医療技術(ART : Assisted Reproductive Technology)の成績および周産期アウトカムが上がる」と考えました。

プレコンセプションケアをフックとした妊孕性の教育を実施するには、まず「プレコンセプションケア」を認知してもらう必要があります。プレコンセプションケアという言葉の認知度を調査するために、Yahoo!DSインサイトを用いて、2019年6月から2023年5月までの4年間における「プレコンセプションケア」の検索数を調査しました。検索数は徐々に増加し、現在では500-1000回/月程度まで増加しているものの、直近1年間における検索ユーザー数は僅か1万人でした。

更に「プレコンセプションケア」を検索したユーザーの前後約1年の検索ワードを調査したところ、検索前後 には「ムーアの分類」「ステロイドパルス療法」「日本産婦人科学会2023」「ファロー四徴症」等の医学用語が多く散見され、検索したユーザーには医療者が多く含まれる可能性があります。

一方「ブライダルチェック」の月間検索量は 「プレコンセプションケア」の約4~10倍高く、検索ユーザー数も16万人と顕著に差を認めております。

また「ブライダルチェック」を検索したユーザーの前後1年の検索ワードは、婚姻や妊娠初期に関わるキーワード、「葉酸」や「精液検査」など、より妊娠や出産を意識した検索動態をしているユーザーが多いと推測されます。

  • 日本の性教育の実態と行動変容を促す妊孕性教育

プレコンセプション外来における、行動変容を促す妊孕性教育を論ずるにあたり、日本の妊孕性リテラシーと性教育の実態について知る必要があります。

日本は国民皆保険の仕組みから、病院へのアクセシビリティは先進諸国の中でも高く、科学的リテラシーもヘルスして性教育における厳しい学習指導要領が挙げられ、現在日本では妊孕性について学ぶ機会が少ないです。そのため、医療者はただ治療方法や検査結果の説明するだけでなく、受診者の妊孕性リテラシーに合わせて、時には「年齢は妊娠率に影響を与える」といった基礎知識から説明し、深い理解を醸成することが重要です。行動を変容するには「理解」と「納得」が必要です。

  • プレコンセプションケア外来の流れ

当院のプレコンセプションケア外来は、大きく「検査」と「結果説明」の2回の受診に分かれます。初診時の流れは、看護師や心理士からの事前問診(15分)、その後医師から各種検査プランの説明(5分)、検査(5〜10分)という流れです。初回受診の2週間前後で2回目の受診をしていただき、医師より結果の説明・妊孕性教育(15分)を行います。検査結果が芳しくない場合などは、カウンセリングを紹介するケースもあります。

  • プレコンセプションケア外来へのアクセス向上施策

前述のように、プレコンセプションケアはもちろん、ブライダルチェックも、まだ世間に十分認識されているとは言いがたい状況の中で、当院がプレコンセプションケア、及びその外来への関心を高めるためにどのような工夫をしているかもご紹介します。

対象の年齢や状況ごとに検索キーワードや閲覧メディアも異なるため、それぞれのメディアの特性を生かして施策を展開し、時には媒体社に向けて講演、認知活動を行なっています。特に、認知拡大と第三者からの信頼獲得を狙ったPR(バプリックリレーションズ)と、情報収集をしている顕在層・準顕在層に対し、リスティング広告をメインにアプローチし、同広告効果をリアルタイムで計測しチューニングを行っています。また、コンテンツの拡充にも力を入れており、様々なニーズで検索しているユーザーに対して正しい情報提供を行い、より多くの方にプレコンセプションケアの重要性を知っていただき、外来受診いただけるよう努めています。

これらの施策を実施し、開院より1年で当院のプレコンセプションケア外来を受診した方は、女性317名、男性341名でした。特に女性において検索からの流入が大半を占めています。

プレコンセプションケア外来を受診した約650名の内訳は、クリニック近隣の品川区、目黒区、渋谷区居住の方が最も多いですが、女性が遠方に居住の男性パートナーに受診勧奨を行い、カップルで来院するケースも散見されました。年齢は男女ともにピークが30〜34歳、女性の71%は35歳未満でした。早期に妊孕性に知ることは大変重要ですので、若齢層が大半を占めたことは適切な層にリーチ出来ていると考えます。

  • プレコンセプションケア外来の詳細

当院のプレコンセプションケアの詳細です。まず、受診前に専用アプリを用いた事前問診を行います。ここでは妊娠歴や既往歴など一般的な内容だけでなく、直接の対話で答えにくい性交渉の頻度や、また家族計画の要となる挙児希望の数や思いなども問診します。来院後の対面問診では、アプリ事前問診の内容を参考にしつつ、妊娠の仕組みについてなどの妊孕性知識も確認します。情報を担当医へ共有し、医師より各受診者の背景やニーズに合わせた説明を行い、検査項目を決定します。単独で御受診された場合は、希望や必要に応じてパートナーの受診も勧奨します。

結果説明時の外来では、ただ内容を解説するだけでなく受診者の医学的・社会的背景を考慮した適切な選択肢(ネクストアクション)を提示しています。対面時に先行研究やガイドラインに準じて作成したスライドを用い説明を行い、場合によってはパートナーの受診勧奨(2回目)を行います。受診後にパートナーと共に妊孕性に関する理解を深め、家族計画についてディスカッションできるような資料をアプリ内に準備しています。

ナッジを効かせるプレコンセプションケア外来の肝は、この「適切な妊孕性教育による自身とパートナーの妊孕性理解」と「具体的な選択肢の提示によるネクストアクションの可視化」です。これら2つが合わさることでナッジとなり、ただ検査結果を知るだけでは起こせない行動変容を起こすことが可能と考えます。

  • プレコンセプションケア外来を受診後の動向

プレコンセプションケア外来を受診された女性314名のうちパートナーを有する方は237名でした。そのうち同日にパートナーと受診した方は16%でしたが、自身の受診後にパートナーにプレコンセプションケア外来を勧めて実際にパートナーが受診した方は50%、先に受診を終えた男性パートナーに受診を勧められて受診した方が23%と、ナッジ効かせカップル揃った受診を促せていることが分かります。また受診勧奨を受けた男性パートナーは女性の受診後平均17.6日で当院を初診しており、速やかに妊孕性検査の重要性を共有し意思決定が出来ていると考えます。

受診後に提示するネクストアクションの選択肢としては、挙児希望が出るまでの経過観察、カップルでのセルフ妊活、不妊治療(当院の不妊外来 or 近隣の不妊外来)、予防医療としての未受精卵子凍結などです。

パートナーを有する女性237名のうち、3割が当院の不妊外来を初診しました。意思決定までのスピードは早く、半数以上の方はプレコンセプションケア外来から2ヶ月以内に受診されています。

プレコンセプション外来から不妊外来を受診された患者は、タイミング法人工授精といった一般不妊治療と、体外受精及び顕微授精をはじめとした高度生殖医療(ART)を受ける方が半々でした。不妊治療は一般不妊治療を経てからARTへステップアップすることが一般的です。しかしプレコンセプションケア外来で早期に適切な検査を実施することにより、卵巣機能不全卵管閉塞乏精子症などの疾患の発見、更にカップル揃って受ける妊孕性教育により議論や意思決定が促進されることで、最適と判断した治療を選ぶことができた結果と考えます。

ARTへ移行した患者の平均年齢は35.9±5.7歳と、全国のART周期のボリュームゾーンである40~41歳に比べて若年で、胚移植による妊娠率は約46%と高い結果となりました。

  • まとめ

① 日本は妊孕性リテラシーが低く、生殖に関する適切な教育を受ける機会が少ない

② プレコンセプションケアの認知は低い

③ マーケットを精査することで、プレコンセプションケア外来へのアクセスは向上できる

④ リーチした潜在性・顕在性不妊症患者に、ナッジを効かせるプレコンセプションケアを行い行動変容を促すことで少子化対策の一助となる可能性がある

  • 発表者:医療法人torch clinic理事長・恵比寿院院長 市山卓彦

2010年 順天堂大学卒。国内に約1,000名程の生殖医療専門医。年間7000周期の高度生殖医療を行う西日本最大の不妊治療施設セントマザー産婦人科を経て、前職の順天堂大学浦安病院では不妊センターの副センター長を務める。2019年には国際学会で日本人唯一の表彰を受け、2021年の同学会で世界的な権威と共に招待公演に登壇するなど研究の分野でも注目されている。2022年5月 torch clinicを開院。2023年10月医療法人torch clinicを設立し、理事長に就任。

【資格】

日本生殖医学会生殖医療専門医

日本産科婦人科学会専門医

日本産科婦人科学会専門医指導医

臨床研修指導医

日本生殖心理学会評議院

<クリニック概要>

クリニック名:torch clinic(トーチクリニック)

所在地:東京都渋谷区恵比寿4-3-14 恵比寿SSビル8階

電話:03-6447-7910

アクセス: JR『恵比寿』駅 東口徒歩1分、 日比谷線『恵比寿』駅 徒歩3分

URL: https://torch.clinic/