車椅子に乗換を目標にリハビリで南野理学療法の先生に古傷のため三ヶ月間1センチも動かない右足を解放していただき感謝してます、不思議な準備運動中に僅かづつ痛みがやわらぎ、大きく動けるようになり整体や手術とは違う優しい治療を目にし新人の介護歩行ストレッチしか見てない私は信じられません、外来の多くの五十肩は通院スパンが違うので時間がかかるので苦労すると言われる、病院村リハビリ長に会えてラッキーでした。言語嚥下の盛川先生による介護食事も精密なプロ意識で生きる希望がもてました。
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テイテンウ オオサカさん 2024.10.02 三年前ぐらい 婦人科を利用しました、先生が優しくてよかったです。
今回受付の女オーナーさんは態度がすごく悪く、
やりたくないなら、やめてくれ!!! おばああああさん(他の先生と看護師がとても優しいで!) -
坂田銀時さん 2024.09.15 最悪です。
長くなりますが書きます。去年末他の病院で余命1週間と言われてここなら何か手立てがと転院。
着いたら受付奥のスタッフルーム端に放置、真冬に30分。医師達がパソコンを見ながら看護師達と、飲みの話と患者さんの悪口言いまくり。
それからいきなり部屋に移動、移動中段差で手術後の為「痛っ」と漏らすと「もー着く、うるさい(原文まま」
大部屋(6~8人) に入れられ服靴携帯全部預かり。隣との間は腰までしかないパーテーションのみ。とにかく雑い、包帯ぐるぐる巻きなのにグイグイ持たれて辛かった。
仕切りがない上に、患者が並んでる足元に職員のデスク。丸見えで着替え、オムツ交換。
夜になり医師が来たので診察などは、と聞いてみると「今日担当いないんですよ〜 多分手は打ちよう‥ないですね」
他のベッドでは老人がずり落ちかけていた。
こんな所で死にたくない、、と家族に連絡を頼むと携帯の電波が無いので無理です〜。
次の日、絶飲絶食なのに、「氷ならいいですよ〜」と沢山支給される。
何度も家族と連絡を、と言ったが、電波がない、と。
大袈裟かもしれないが、殺されると思った。
荷物も服靴も携帯もない、そして動けない。
担当の先生に泣いて帰して下さいと頼んだ。
また同じ繰り返しで、私も折れられなかった。
1〜2時間ずっと同じことを続けてやっと家族と連絡がついた。入院してから泣き言は言ったことがなかった。
家族がすぐ来て話してるのが聞こえた。
「死なれるとうちのせいになる」「紹介元の病院から評価が下がる」泣きながらフラフラになり連れ帰って貰えた。
元いた病院に再入院になり、とても謝られた。今は通院できるまでになんとか回復した。
急性期の看護師は
「(元病院)から来たん?あそこ古いやろ〜、うちはホテルと間違われるくらい綺麗で〜 」
と言っていた。私は古めいた裏口から、暗い大部屋しか知らなかった。帰りタクシーまでの道は駅チカみたいなカフェやスイーツ店、病院のロビーは豪華なホテルみたいだった。
行こうとしてる人に読んで欲しかったので長文になりました。