人工授精では、採精した 精子 を調整してから子宮内に注入します。この調整のときに、精子の選別が行われます。具体的にどのように選別するのでしょうか?人工授精の精子の選別について、くわしく解説します。
人工授精とは
人工授精とは、精子 と 卵子 が出会いやすくなるように、精子を子宮内に注入する治療法です。通常の性交では、精子は膣内から 子宮頸管 を通り、子宮内を泳いで 卵管 へと入っていきます。
しかし、精子の数が少ない場合や動きが良くない場合、子宮頸管の粘液との相性が悪い場合には、受精の場(卵管膨大部)に精子がたどり着かず、妊娠しづらくなることになります。
そのため、質の良い精子を選別して子宮内に注入する人工授精を行うことで、妊娠率の向上が期待できます。
引用元)日本生殖医学会 Q10.人工授精とはどういう治療ですか?
名古屋大学医学部 人工授精
精子の選別とは
精子は、精液1mlあたり数千万から1億ほど含まれています。精子は一つひとつ個体差があり、元気に動くものもいれば、動きが悪いもの、形が通常と違うものもあり、すべての精子に 受精 できる能力があるわけではないのです。
動きが良く、正常な形をしている状態の良い精子の数が多いほど、受精 する可能性は高いと言えます。反対に、精液中に含まれる精子が少ない場合や、精子の数は正常でも受精する可能性の高い精子が少ない場合、男性不妊の原因となります。
そこで、受精する可能性を高めるために行われるのが、精子の選別です。採精した精子の中から、動きが良いものを集め、妊娠率の向上を目指します。
精子の選別による人工授精の成功率は向上する?
精子の選別によって状態の良い精子を集めることができるため、人工授精の成功率の向上が期待できます。特に、精子数が少ない場合や動きの良い精子が少ない場合に有効でしょう。
ただし、精子の状態以外に不妊原因がある場合には、体外受精や顕微授精が勧められる場合もあります。
精子の選別の方法
精子の選別には、下記のような方法があります。
- ■スイムアップ法
採取した精液の上に粘性の高い培養液を載せ、培養液のほうに泳いで移動できた精子を集める方法がスイムアップ法です。動きが良い精子を培養液のほうに集められるので、動きが良くない精子との選別ができます。
- ■密度勾配遠心法
状態の良い精子と不良な精子では、細胞の密度が違います。この密度の違いを使った選別法が不連続密度勾配法です。濃度の違う溶液に精液を入れて遠心分離することで、状態の良い精子と、不良な精子や精漿(せいしょう:精液の精子以外の液体部分)を分けることができます。
- ■スパームセパレーター
スパームセパレーターは、8μmほどの微小な穴が無数にあいたフィルターを使い、動きの良い精子を選別する方法です。フィルターの上部に培養液、下部に精液を入れ、フィルターの穴を通って上部に泳ぎ出られた精子が動きの良い精子として回収されます。スイムアップ法や密度勾配遠心法とは違い、遠心分離の必要がない選別法です。
引用元)WHO ヒト精液検査と手技
スパームセパレーターとは?
精子の選別による人工授精のリスク
精子の選別によるリスクとしては、選別時の精子へのダメージが挙げられます。スイムアップ法や密度勾配遠心法などの精子の選別方法は、遠心分離が必要になります。
遠心分離とは、高速で回転させて遠心力を発生させ、異なる密度の物質を分離する技術です。この遠心分離によって、精子に酸化ストレスや物理的な損傷が及ぶ可能性が心配されます。精子にダメージが加わると、DNA断片化が引き起こされ、DNAが損傷した精子となってしまうと考えられています。
DNA断片化が起きた精子が受精した場合、卵子の持つDNA修復機能によって受精卵はDNAが修復された状態になりますが、DNA修復機能が低下した卵子では受精そのものがおこらないことも。そのため、精子のDNA断片化が気になる場合は、遠心分離の必要がないスパームセパレーターのような方法を選ぶとよいでしょう。
また、人工授精のリスクとしては、以下の内容が挙げられます。
- ■感染
人工授精を行う際に、カテーテルを子宮内に入れるため、子宮内に細菌が侵入して感染をおこすことがまれにあります。人工授精後に、発熱や下腹痛の症状がみられたら、すぐに病院に相談しましょう。
- ■卵巣過剰刺激症候群
人工授精を行う前に 排卵誘発剤 を使用する場合があります。排卵誘発剤は、卵巣を刺激して 卵胞(卵子の元)の発育を促す薬ですが、卵巣への刺激が強すぎ、卵巣過剰刺激症候群を発症することがあります。卵巣への刺激が強いと エストロゲン の分泌が増えすぎ、卵巣の毛細血管から水分が漏れだす可能性があるのです。腹水や胸水がたまったり、腎臓がうまく働かなかったりすることもあり、命に関わる場合も。早期に発見し、病院で治療を受けることが大切です。
- ■多胎妊娠
排卵誘発剤を使用した場合、卵子 が2個以上 排卵 される場合があり、多胎妊娠 の可能性が高くなります。多胎妊娠は、妊娠中から出産まで母体への負担が大きく、流産 や 早産 などさまざまなリスクが高い状態です。排卵誘発剤を使用した場合は、排卵される卵子の個数を超音波検査で確認してから人工授精を行います。2個以上の排卵がある可能性を考えて、排卵日前に性交をするのは控えておいたほうがいいでしょう。
引用元)不妊治療における精子選択の重要性
「人工授精」説明書
日本生殖医学会 Q10.人工授精とはどういう治療ですか?
精子の選別による人工授精の費用
スイムアップ法や密度勾配遠心法は、人工授精の料金の中に含まれます。人工授精は保険適用となるため、5,000円程度の費用で受けられます。その他に、診察や検査、薬代を含めると、人工授精にかかる費用は1~2万円ほどです。
スパームセパレーターは保険適用外となります。病院やクリニックによりますが、2万円程度の費用が必要です。
引用元)厚生労働省 不妊治療に関する支援について
精子の選別による人工授精のメリットとデメリット
精子の選別による人工授精には、メリットとデメリットがあります。
メリット
動きの良い精子を選別することで、妊娠の可能性を高めることにつながります。また、精液に含まれる白血球や雑菌、死滅した精子や未熟な精子などを除去できます。
子宮から、受精の場となる卵管膨大部までは精子にとって非常に長い距離です。コンディションを整えた状態の良い精子を送り出せれば、きっと卵子と出会い受精を果たせるでしょう。
デメリット
精子の選別を行うことで、人工授精に必要な精子の数を下回る場合があります。選別後の精子数が100万~500万を下回る場合には、顕微授精が勧められます。顕微授精とは、体外に取り出した卵子に精子を直接注入し、受精を促す治療法です。
また、遠心分離を必要とする精子選別法の場合、精子のDNA断片化によって 受精 に影響が出る可能性があります。受精できた場合も、受精卵の成長に影響を与えることがわかっています。受精卵は、卵管から子宮へと移動しながら細胞分裂を繰り返し、子宮内膜に到着するころには、着床 への準備ができた「胚盤胞(はいばんほう)」という状態です。精子のDNA断片化は、この 胚盤胞 へと発育できる確率や、着床率、流産率にも悪影響を及ぼす可能性があります。
引用元)日本生殖医学会 Q10.人工授精とはどういう治療ですか?
不妊治療における精子選択の重要性
専門家より
精子の選別による人工授精は、妊娠率を高めることが期待できます。人工授精は、一部の精子の選別方法を含めて保険適用となっているため、高額な請求を心配する必要がありません。ただ、遠心分離を必要とする精子選別法では精子のDNA断片化のリスクがあります。精子の選別方法は医療機関によって異なるため、事前にどんな選別方法が選択できるのか、ホームページで確認したり、相談したりしておくとよいでしょう。